いぬ犬

近々犬を飼うらしい。そんな噂が実家で流れていた。どうゆうことなのか。食卓の両親に尋ねると、理由だとか方法だとか具体的な答えの代わりに思い出話が始まった。

聞けば両親は二人とも犬を飼ったことがあるという。父の犬は「くろ」。貰ってきた子犬で、庭で育てられたが、数年後事故に遭ったらしい。

母の方は「ベル」と言って、私が産まれる少し前まで飼っていた。犬が死んだ際、母の祖父は妊婦を心配させまいと、その死を誤魔化したそうだ。

そんなベルと父とは面識がある。結婚前の父が母の実家を尋ねた際、人間は皆不在だったのでベルを散歩に連れ出したことがあった。母もその話を後から聞いて驚いたとのこと。

しかし、家族でもない人間が散歩に誘ったからといって犬は着いていくものなのだろうか? 「ほっかむりした農家のおばさんとかは吠えるんだけどね。犬好きは分かるんだろうね」。母は答えた。

私の友人は犬好きが多い。犬と縁のない顔が思い浮かばない。皆「いいとこの子」だからだと思う。彼らが愛犬の写真を見せてくるたび、犬と関わりない人生を送ってきたもんだなあと自己認識を反射させてきた。金魚とかカブトムシとかそれくらいの人格なんだと決めつけていた。どうもそうではないらしい。

両親は犬好きで、父にいたっては犬も嗅ぎ分ける。母のお腹越しに愛犬の声を聞いたかもしれない。犬と肩を寄せ合いながら育ってもおかしくなかったのだ。

男三兄弟、実家を離れて犬を飼う話が持ち上がる。それはもう俺たちが犬みたいなもんじゃんか。

今はもう、いなかった犬が私の人生をじっと見つめていたような気さえする。ベルは芝っぽい雑種らしい。クロはきっと黒いのだろう。犬は急に来られるとびっくりする。